疑心暗鬼
母が子供達を連れて毎日来てくれたが、幼い彼女達はじっとしていられるはずもなく、周囲の迷惑になってしまうので、いつも短時間で帰っていった。
旦那は、仕事時間と面会時間が全く合わずに、10日間の入院期間は休みの日に一度来たきりだった。
逆に来られても、自分がネガティブな話しかしないで嫌な気分にさせてしまうだろうから、それはそれでちょうど良かった。
《後で聞いた話によると、あまり見舞いに行くと、心配性の自分が変に勘ぐると思って、わざと来なかったらしい。》
術後2、3日もすると、傷や喉の痛みもほんの少しずつだが徐々に和らいできて、じっとしているだけでは嫌なことしか頭をよぎらないので、病室を抜け出てなるべく動くようにしていた。
そして、ナースステーションの辺りをうろうろしては、知っている外科の先生や看護師を見つけて、自分の病状について問い詰めた。
先生:「たべこさん、そんなに歩きまわって大丈夫?フラフラしない?」
たべこ:『大丈夫です。それより先生、この声は、これから先もずっと治らないんですか?がんは転移していないんですか?この先、普通に生活できるんですか?』
堰を切ったように溢れ出てくる不安。
まともにしゃべれない自分の声は、途中からまったく聞こえていなかったと思う。
さすがに先生も気の毒そうな顔をして、
先生:「じゃあ、こちらへ来て。そろそろ手術の事も詳しく話そうと思っていたから。」
ナースステーションの奥へ通されると、先生がペンをとって絵を描き、切除部分の説明をしてくれた。
- 甲状腺全体の三分の一位は残っていて(右葉)、現在の甲状腺の数値も基準値内だから、将来的にはホルモン剤を辞められるのではないか。
- ただし、退院してこれから数年間は甲状腺を刺激しないように、ホルモン剤を飲んでもらう。
- 声については、がんがあった部分の左の反回神経(声帯を動かす筋肉を支配している)を切除し、鞘を繋ぐことはしたが、中の神経がうまく繋がるか?声が戻るかどうかは、はっきりとわからない。
- 今のところ、転移は確認できない。若年層の甲状腺がんは比較的予後がいいので、今の時点ではあまり心配しないように。
『わかりました。ありがとうございます。』
・・・疑心暗鬼
先生は何かを隠している。
自分はもしかしたら、もうまずい状態なんじゃないか?
これからの娘達の成長も見ることが出来なくなってしまうのか・・・
こんなに早く別れが来てしまうなら、結婚なんかしなければ良かった。
散々親不孝してきた罰が当たったか?それにしたって高が知れてるだろう。
なんなんだよ・・・
点滴台を片手に下を向きながら病室へ戻る。
溢れ出て来るものがぽたぽたと床におちた。
『おかぁ~ちゃ~ん‼』
ちょうど見舞いに来てくれた娘達に出くわした。
その笑顔達を見て、ほんの少し前に思った馬鹿な考えを後悔した。