Every day is a new day.

たべこ一家とうさぎ一家の何気ない日常

【ADHD(注意欠陥・多動性障害)・ADD(注意欠陥障害)】であなたの周りにも困っている人がいるかも。

 

ある人の特徴

ほぼ毎日、同じような失敗を繰り返し、周りから注意を受ける。

それに、周囲の雰囲気が掴みづらいらしい。

いわゆるKYというやつか?

あまりに作業の遅い彼に、誰かが「随分と早くできましたね」なんて遠回しに嫌味を言おうものなら、まんざらでもない笑顔で「いやぁ〜、それほどでも」と答える。

見ている限りでは、人の気持ちがほぼ読み取れないように思える。

 

他社から仕事を引き受けて、その担当者に伝えなくてはならない事を、いつも言い忘れて怒られる。そして、

「また怒られてしまう」という思う一心で、伝える相手が物凄く重要なシーンで仕事をしているにもかかわらず、構わず話しかけてしまうので、それでまた怒られてしまう。

 

叱られている人

 

本来なら一人で十分にできる、後回しにしていいような作業でも、彼一人ではできない為、他人が何をしていようが構わず、自分一人では出来ないからやってくれと頼んでくる。

 

今すぐしなくていいような事も、周囲の人達の事は気遣わずに続ける。

「手が空いているのだから、電話の一本くらい取ってくれればいいのに」といつも言われているが、何かを始めだしたらその事しか考えられない。

 

数え上げたらきりがないが、おおまかに言うと、

もう、何年もこの光景を目の当たりにしている。

周りの者達もいつもの事で、何ひとつそこに動揺や同情が生まれるわけではない。

が、内心みんなのストレスは相当なものだと思う。

 

怒られた彼も彼で、常人とは思えないものすごいスピードで、平常心?というか何事もなかったかのように立ち直れるのである。

本当に怒られたことを反省しているのか?

注意しても、毎回「初めて聞きました」的なそっけない返事しかこないから、本当に理解できているのかも分からない。

 

みんな口々に言っているけど、注意した自分が悪いみたいな感じになってしまうのが嫌だ。

自分が彼の立場だったら、とっくの昔に退職している。

 

経緯

コネで入職した彼は、自分がいる部署に流れ流れてやってきたらしい。

経理や総務では、計算をいつも間違えてお払い箱。

数字が弱いという致命傷。

そのあとの営業的な仕事も、過剰で不適切な敬語や、その時々の彼の気分で変わる言葉遣いに苦情が多発で、結局そこにもいられなくなった。

 

そして、行き場の無くなった彼は現在、自分のいる部署の雑用係として働いている。

今の部署も15年経つらしいが、彼の立ち振る舞いが年々おかしなことになってきているのが分かる。

それでも2、3年前までは、普段は違う部署の人達と、楽しそうに世間話しなどをしていたみたいだが、最近はそれもなくなったらしい。

 

一応、入職順では先輩の彼に、業務で必要な質問や同意を得ようと話しかければ、見る見るうちに汗が噴き出してきて、目がしどろもどろになり、一つ一つ考えながらでないと、口から言葉が出なくなってしまっていたのだ。

 

こちらとしては、何ひとつ責めるようなことは言っていない。

ただただ普通の会話なのに、何だか話しかけた自分が悪い気持ちになってしまう。

 

その異様な感じは、社内の誰が見ても分かることで、これまではコネパワーで仕方なく許されてきた感があるが、さすがにこれ以上フォローしきれないという意見が多数出たので、会社から本人に「一度病院行ってみなさい」という勧告が出た。

 

診断結果

案外、社外では上辺だけだと普通の人らしく、病院へ行ってもあやふやな、

心身症という診断が出たらしい。

 

 「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与。器質的ないし機能的障害がみとめられる病態をいう。神経症やうつ病など他の精神障害にともなう身体症状は除外する」

「心身医学の新しい診療指針」(日本心身医学会教育研修委員会編、1991年)

 

つまり、彼のように感情表現が苦手な人はストレス発散も苦手で、身体に色々な症状が出てしまうということか?

 

それはそれで分かるのだが、周囲の人とは違ったこだわりと、臨機応変な対応がほとんどできない彼に、ただのできない人で片付けてしまっていいのだろうか?という疑問が浮かんだ。

 

1ヶ月に2回ほど精神科らしきものに通いだした彼に上司が、「日々怒られた事や失敗した事をメモして、洗いざらい医者に言ってみなさい。」と提案した。

そして数ヶ月後、様々なテストが行われた結果、彼についた診断結果は、

 ADD(注意欠陥障害)であった。

 

ADHD(注意欠陥・多動性障害)・ADD(注意欠陥障害)

 

注意欠陥/多動障害の診断基準(DSM-Ⅳ)

A .[1]か[2]のどちらかを満たすこと:

[1]以下の不注意の症状の内6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月以上続いたことがあり、その程度は不適応的で、発達の水準に相応しないもの
【不注意】
(a)学業、仕事、またはその他の活動において、しばしば綿密に注意することができない、または不注意な過ちをおかす
(b)課題または遊びの活動で、注意を持続させることがしばしば困難である
(c)直接話しかけられた時に、しばしば聞いていないように見える
(d)しばしば指示に従えず、学業、用事、または職場での義務をやり遂げることができない(反抗的な行動または指示を理解できないためではなく)
(e)課題や活動を順序立てることがしばしば困難である
(f)(学業や宿題のような)精神的努力の持続を要する課題に従事することをしばしば避ける、嫌う、またはいやいや行う
(g)(例えば、おもちゃ、学校の宿題、鉛筆、本、道具など)課題や活動に必要なものをしばしばなくす
(h)しばしば外からの刺激によって容易に注意をそらされる
(i)しばしば毎日の活動を忘れてしまう

[2]以下の多動性-衝動性の症状の内6つ(またはそれ以上)が少なくとも6カ月以上持続したことがあり、その程度は不適応的で、発達水準に相応しない
【多動性】
(a)しばしば手足をそわそわと動かし、または椅子の上でもじもじする
(b)しばしば教室や、その他、座っていることを要求される状況で席を離れる
(c)しばしば不適切な状況で、余計に走り回ったり、高い所へ登ったりする (青年または成人では、落ち着かない感じの自覚のみに限られるかも知れない)
(d)しばしば静かに遊んだり、余暇活動につくことが出来ない
(e)しばしば、じっとしていない、または、まるでエンジンで動かされるように行動する
(f)しばしば、しゃべりすぎる

【衝動性】
(g)しばしば質問が終わる前に、だし抜けに答えてしまう
(h)しばしば順番を待つことが困難である
(i)しばしば他人を妨害し、邪魔をする(例えば、会話やゲームに干渉する )

B.多動性-衝動性または不注意の症状のいくつかが7歳未満に存在し、障害を引き起こしている

C.これらの症状による障害が2つ以上の状況において(例えば、学校または仕事と、家庭において)存在する

D.社会的、学業的または職業的機能において、臨床的に著しい障害が存在するという明確な証拠が存在しなければならない

E.その症状は、広汎性発達障害、精神分裂症、またはその他の精神病性障害の経過中にのみ起こるものではなく、他の精神疾患(例えば、気分障害、不安障害、解離性障害、または人格障害)ではうまく説明されない
病型分類
(a)注意欠陥/多動性障害(混合):過去6カ月間、A[1]と A[2]の基準をともに満たしている場合
(b)注意欠陥/多動性障害(不注意優性型):過去6カ月間、基準A[1]を満たすが、基準A[2]を満たさない場合
(c)注意欠陥/多動性障害(多動性-衝動性優勢型):過去6カ月間、基準A[2]を満たすが、基準A[1]を満たさない場合
(2)学習障害との相違
 教育現場では、ADHDとLDをしばしば混同されることがある。ADHDを診断する上で問題となる一つの困難な現象は、ADHDが他の問題を伴っているということである。学習障害の他には、反抗挑戦性障害、トゥーレット症候群、行為障害、心配症や抑鬱症等があり、いずれも専門家による総合的診断が必要である。学習障害と合併している場合には前回の講義でも述べたように一人一人の実態を正確に把握し、教育課程の中で学習障害として取り扱うのが適切か否かを判断する必要がある。

 

今のところ専門とする医師も少なく、診察予約も数ヶ月先にもなってしまうこともあり、特に地方ではさらに診断が難しいらしい。

 

現状では完全治癒は見込まれていない。

発達障害であってその人の落ち度ではないから、精神論や根性論では治せない。

しかし、症状を抑える薬やカウンセリングなどの治療法もあるので、社会に適応しやすくなれる場合もある。

  

 

診断がついたことにより、

そういう障害があったから上手くいかなかった事もあったのだ、という納得は本人も周囲の人達もできると思う。

しかし、その報告を受けた上層部の他人任せ過ぎる態度が気に入らない。

コネで入れてあげたのなら、彼がもっと気分良く仕事ができる部署に異動させてやればいいのに。

彼が仕事に行き詰まり部署替え願いを出しても、「もう行くところはない、それでも嫌なら辞めるしかない」と突っ返されてしまった事も数回あったという。

 

このまま嫌な環境で仕事を続けていたら、それに伴ううつや精神病の二次障害を引き起こしてしまうかもしれない。

 

かと言って、障害を知ったところで仕事は仕事。

決して間違いがあってはならない人の命に関わる重大な事もある。

彼の分まで細心の注意を払わなければならないとなると、周囲の人間も疲れ切ってしまう。

 

 

あなたの周りにも、障害で悩んでいる人や、あるいは気付かれずに、ただの仕事ができない人で済まされている人がいるかもしれません。

まだまだ自分は年の割には人間が小さいので、なかなか理解を深めるには時間がかかりそうだが、そういう人もいるのだという事が分かっただけでも、勉強になった。

 

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