いざ入院して手術準備
結局二人っ子は、自分の母に昼間は面倒を見てもらうことになった。
手術の理由は、母にはがんだとは言わずに、甲状腺が腫れているからとだけ言った。
風邪などの感染症にかからないよう用心のため、土曜の午後から入院して、月曜の午後に手術を受けるといった段取り。
そろそろ家を出なくてはならない時間だが、三つ子の魂百までというから嘘はつけないし、余計なことを言うと辛くなるので、二人っ子には「ちょっと病院へお出かけしてくるね。」くらいのことしか言えなかったと思う。
何とも言いようのない覚悟で家を出て、目と鼻の先の病院へ向かった歩いた。
病室はテレビがあれば何でも良かったので、とりあえず空いていた4人部屋に。
大先輩達3人が部屋にいた。
気さくなお姉さま達(70歳以上)で、この歳で入院する自分のことを、大そう気の毒に思ってくれた。
多分、その病室内で自分が一番重病だったと思う。
入院初日の夜は、胃が体全体を支配しているような痛みに襲われ、看護師さんにとりあえずの胃薬(生薬独特な匂いがするやつ)をもらって、気休めに飲んだ。
そう簡単には治るわけがなく、案外自分ってメンタル弱いんだなと気づいた。
消灯時間は21時だったが、他の3人様が眠りに入るのはとても早く、それを妨げてはならないと、一応仕切りのためにあるカーテンレールに、自分の洋服をハンガーで掛けて、どうにかテレビの明かりが漏れないようにと、ベットの上であくせくしていた。
ただでさえ、慣れないところでは眠れないのに、とてもマイナス的な状況下では心休まることなく、ただただその時を待つだけだったが、そんな中で唯一の救いというか、本当に助けてもらったのは、当時絶好調の"めちゃいけ"と"ぐるナイ"で、入院初日の夜のめちゃイケは特に、一筋の光のようだった。
次の日には母が娘たちを連れてきて、病院の花壇で撮影大会。
おちゃらけたポーズをとる二人を見ていると、別に今どこも具合悪いわけじゃないし、このまま家に帰っちゃおうかな?なんて真剣に考えてしまった。
あっという間に時は過ぎ、娘たちと別れ、現実世界に戻る。
まな板の上の鯉になってしまった自分は静かに横たわり、一際賑やかで色々な物を映し出してくれる、四角い箱に助けてもらうしかなくなっていた。